これまでの展覧会の紹介



「夢枕」より ©林静一 発行 PARCO出版
夏目 ここで山下さんに文人画というものは何かということを解説していただきたいな。

山下 文人画というのは、もともと中国の概念なんですよ。非職業画家、金のために描いているのではなくて、非常に身分の高い官僚みたいな人が、当然のたしなみとして描くのが文人画である。そういうのこそが立派な芸術であって、宮廷お抱えのすごい上手いけどプロとしてお金もらっている画家の描く絵なんかは卑しいものだという概念が明頃に出来るわけなんですね。そのスタイルが入ってきて、日本では江戸時代の中ごろから蕪村とか大雅とか出てくるんですけど、実際日本で言われている文人画っていうのは、みんな絵を売って生活していた。(笑)だからまあ建前としての概念ですよね、文人画というのは。

夏目 いわば知識人の条件っていうことですよね。

山下 そうそう。中国では琴棋書画って言って、その四つが出来て当たり前。

夏目 多分、漱石にとっては知識人が描くものだから、そこにモラルがあるであろう、ということじゃないか。あの人すごく、僕と違ってすごく真面目な人だから(笑)。国家を抱えているし、モラルがすごく強いんですよ。やっぱり小説にしても絵にしてもモラルが必要とどっかで思っていた。

山下 琴棋書画的な文人という意識が強かったと思います。

 本当にすごいですよね。「草枕」読んでいると。これを小説にするっていうのがね。

山下 結構難しいですよ。

夏目 いやあれね、高校のとき始めて読んで面白いと思ったけど、後で読んだらわかんないですよ。

湯浅 大人になって読むと、かえってわかんないですね。

 美術のことも研究しているし、最後になって、汽車が出てきて近代化もね。てんこ盛りなんですよ。

湯浅 誰に向けて書いたんでしょうね。(笑)

夏目 あれね、あきらかに「猫」、「坊ちゃん」、「草枕」は知識人共同体の中で書いているんですよ。ホトトギスとか多分、漱石自身が目に見える範囲に知識人がいて、その連中相手に書いている。

山下 文人サークルだ。

夏目 そう。だって、「猫」なんか編集者が声に出して読んでいるのをホトトギスのみんな聞いていた。そういう目に見える共同体にむけて書いているので結構難しい。猫の議論だって結構難しいですよ。これ新聞連載になって変わるんですよ。

山下 僕もこの解説書くのに「草枕」読み直そうと思って何種類も本買った。熟読するのは大変でね、よくある、なんちゃって解説みたいなのとかを読んじゃった。任天堂のDS文学全集買おうかとかね。

夏目 山下さんがそれ言っちゃまずいんじゃないんですか。

山下 だって美術史的知識についていくの、ほんと大変ですよ。後半すごいことになっちゃって。

 (笑)そうでもないですよ

山下 ここまで来るか!しかも日本、中国だけでなくヨーロッパの絵画史ってのも出てくる。なんか林さんって美術史に対して異常なほどの執念があるのかなって思って。

夏目 ところで「グッピー」はスケベってところで僕にもわかるものがあるんですが、「夢枕」は「草枕」と同じで、非人情なので、スケベに行かない。せいぜい、温泉で女性と一緒になるぐらい。(笑)

山下 年齢的な問題もあるんですか。

 うーん、そうじゃない。このなかで露天風呂はかなりこだわっているんですけど。漱石さんの「三四郎」読むと、女の人と汽車の中で一緒になって、相部屋になる。そのときの三四郎の行動っていうのが、あれはもう近代人でしょ。青年の、なんていうの、手ぬぐいを間にね…(笑)

夏目 あの人妻のね。奥さんと相部屋にならざるを得なくて、境界を設ける。ついに手を出さなかった。風呂に入った時に奥さんが、「お背中を流しましょうか」って言うんだよね。「結構です」って言って。別れ際に「あなたは勇気のない人ですね」って。(笑)

 あれは見事な切り取り方よね。皆さんが先ほどから言っているスケベの問題ですよね。男はその前にぐっと躊躇する。その先に行けない。

夏目 自意識のほうが空回りして手が出せないってやつでしょ。

山下 つげさんのマンガも基本的にはそれじゃないですか。

 基本的にはそうですね。立ち止まる。

山下 だから、「沼」にしろ「もっきり屋の少女」にしろ、「夢枕」を読んでいてもちろん漱石がベースだけど、つげさんのことも意識の中にお持ちなんだろうなって思いましたね。

 やっぱり近代国家の最初のほうに、ある意味では天下国家背負っているんだけど、絵についてしゃべる時にも、片一方に森鴎外がいてね、完全にこっちは写実の西洋の前近代絵画を、それを一所懸命に推しているでしょ。

山下 原田直次郎とか、ドイツ組ですよね。

 それに比べて漱石は東洋を抱え込んでいるみたいな、やわらかさというのか。

夏目 「グッピー」のスケベはかなり突き抜けている感じがしたんですよ。近代国家とかの向こうまで行っている気がするんですけど。「夢枕」で違っちゃったところっていうのは…。端的にいえば、一番大きな違いは、スケベに行かないところ。それはなぜかっていう?

 漱石の「三四郎」ですよね。あれは非常にリアリティーがあるんですよ。いろんな小説ありますけどね、近代の、男なら誰でもわかるものって言うのは、少ないですよ。あと、「こころ」。

夏目 「グッピー」と「夢枕」が違う所って言うのは、東洋というのがすごく出てきている感じがするんですよ。

山下 それと林先生にとって日本画っていうのは、僕、最初にお会いしたのはもう10年になるんですけど、日本画に興味があって自分で描いているっておっしゃって。顔料のことを質問されて、僕は実技じゃないからちゃんと答えられなくて、恥ずかしかったことがあるんですけど。日本画はいつごろからなんですか。

 日本画は触れないで置こうって思ってましたが、朝日新聞100周年の「源氏物語」のキャラクター原画をやったんですよ。あれはセル画なんですが、画集になって、みんな誤解なされて。マリオンで展示会開いたときに、すごいですねあんな短期間に日本画を何十ページもって言われまして、んー、これはもう次は日本画描くしかないかなって。

夏目 でもそれは、僕は詳しくないけれどCGと違って、顔料なんか、えらい手間がかかるわけじゃないですか。べらぼうな時間と手間がかかっていますよね。林さんの中ではどういうことなんでしょうか。

 画ニメの「赤色エレジー」は、5ヶ月で800枚くらい。それはCGなんですよ。ぱっぱっ描ける。それは若いときのアニメーターに戻るんです。一日何枚描くって言うようなね。それに比べて日本画は真逆。トロトロ膠を煮たりね。

山下 今展示されている日本画は、かなり時間がかかっている?

 そうですね、だいたい4ヶ月。

夏目 えらい違いじゃないですか。ほとんどCGって一瞬のうちに出来て、問題はどう選ぶかみたいなことなわけですから。

山下 4ヶ月って言うのは僕が予想していたのより、はるかにかかっていますね。それ礬砂(ドーサ)引いて、下図作ってっていう?

 小下図からずっとっていうのは省きますけど、かかります。帯の柄は、実はコンピューターでつくってます。手毬なんかは立体で、そこに模様入れるんですよ。それをプリントアウトして、はめたり…

山下 それは手間暇かかりますね。コンピューターを使うから、かえって手間暇かかる。

 ただね、きちんと立体に貼り付けて、角の模様のゆがみとかがわかるのが妙にうれしいんですよ。(笑)だからフェルメールが非常に遠近を大事にして、窓の桟なんて面倒くさいじゃないですか。ああいうのを一生懸命やるの、どこかわかりますね。